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2015年02月23日

【発見】飲酒運転が無くならない理由。飲酒運転の事故から身を守る方法。


国民生活センターが、安価なアルコール検知器を車の運転の可否判断に使うな、とかと言い出した模様。今さらかよ。

飲んだら乗るな、子供でも知ってる標語だけど、前々からどうにも腑に落ちない。この法律は。いや、別に飲酒しても車の運転をしたい!とかと騒ぐわけではなくて、呑んだらいつまで運転しちゃいけないのか、基準が不明瞭すぎるのが虫唾。

検問だとか事故で調査が入った時に調べて初めて酒が残ってるとかって判定されるわけで、実質、このいつまで運転しちゃいけないのかの基準は無いに等しい。

例えば交通事故で怪我を負わされた被害者や大切な人を失った遺族は、加害者となった運転手が酒を呑んでいようがいまいが結果が全てのはずで、逆に言えば、飲酒状態の運転手がいたとしても、自分や身内が被害に合った場合とそうでない場合では感じ方は全く異なるはず。

では何故飲酒運転を法律で規制しているかと言うと、飲酒状態の運転手の方が重大(被害が大きい)事故を起こす確率が高いから。これもたぶん子供でも知ってる。

ならば、呑んだら乗るなとかっていう「だらし無い」ことを言ってないで、体内残存アルコール量を客観的に判断できる「数値」を運転開始前に自他ともに把握できる仕組みを普及させるべきなんじゃ無いかと思う。だから無くならないのだよ、飲酒運転が。

どっかの自動車メーカーが、呼気を計測してアルコールが検出されたらエンジンがかからない仕組みを一応完成はさせている。別に何も新しい技術の話ではない、自分で自分の車に装着しようとすれば、多少の知識のある人ならすぐにできる。

しかし、呑んで無い人が代理計測したり、ビニール袋で空気を送り込んだりすることで回避できてしまうというわけで普及には至っていない。

普及したところで、メーカー純正のカーナビが、サイドブレーキを引いた状態でないと操作を受け付けないようにできているが、容易にその仕組みをキャンセルできるように、簡単になかったことにされてしまうだろう。

「だから呑んだらいつまで運転してはいけないかの基準が作れないんです」っていう「逃げ」を道路交通法施行以来ずぅっとやってる。

そんなことだから、てきとーな、寿命の短いセンサーにもっともらしい7セグモニタをくっつけて、精度ってなに?みたいな商品が野放しになってるわけだ。それを今さらなんだ国民生活センターだ?どっかの天下り集団収容所みたいな名前付けやがって、するならちゃんとやれ。否定するなら代案を示せこのやろう。

飲酒運転と判定された運転手の厳罰化でそれなりに呑んだ後に運転する者は減ったようだけど、一杯だけ呑んで、風呂に入ってちゃんと寝たのに翌日検問でアルコールが検出されて事故ってもいないのに検挙!なんてやられたら、もう何のためにある法律なのかわからなくなる。

数値で示されない目標っていうのは往々にして達成されない。禁煙でもダイエットでもそうだ。いつまで、どれだけ、そういうのが目標値のはず。どれだけの飲酒はいつまで運転してはいけないのですか。

一応ありますよ、0.15とか0.25とか。でもそれは捕まった時に初めて見える数値で、運転開始の可否判断の段階で把握できるものではない!人が死んでから数値を求めて何になるんだばかやろう。

アルコール検知器などの特定の器具が必要であれば、車に装着とまでは行かないまでも、搭載くらいは義務付けたって良いと思いますが如何でしょう。全ての運送事業者にはアルコール検知器の運用が義務付けられてますけど、同じく公道を走る個人の車には何故その規定がないのでしょう。

実に大雑把で突っ込みどころが満載の法律ですが、おかげで今日もどこかでアルコール検知器を積んだパトカーが忙しくしています。

いっそのこと何やってもオッケーにしてしまって、被害者を出して加害者となった者に対するペナルティを盛り盛りにした方が単純明快で合理的でいいのではないかとさえ思います。思いませんか?

私は、酔って運転することでボロい愛車を潰したくないので、飲酒運転はしません。
posted by 山 at 08:41 | Comment(0) | 法律・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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