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2016年07月05日

【五輪】誰のための君が代か


僕の行った中学高校では、入学式で
「当校では日本は戦争は終わっていないと考えており、国旗掲揚・君が代斉唱は行わない」
と言われたが、先日ググったところ、未だに変わっていないようだ。

教科書として販売された文献、いわゆる検定済教科書?も買わされず、授業には一般書籍が使用された。今思えば、ではなく、当時から変な学校だと思っていた。

公立の学校のイベントでかける君が代を無視して、起立さえしない教師という名の従業員がちょいちょい話題になるが、学校として君が代をかけてるんだったら、それを無視するのは上司に逆らってるっていう事になるね。

橋下氏が、自分の主義主張を通したければ公務員という立場を捨てて、他でやってくれと言った。ビジネス的には全くその通りである。カネを出す人の「言いつけ」を守らなければ、カネは出なくなるのだ。

ただし彼は、「君が代」に関して全く言及してない。指示を守らなければカネを払わない、という雇用・被雇用の関係で君が代を語れるのだろうか。語って良いのだろうか。

比較して良いのか、不勉強な私は立場上も正解を知りかねるが、親の言いつけを守らない子供にはオヤツを、ゴハンを与えない、というのが果たして教育と言えるのだろうか。

中高で君が代を歌わされなかったせいか、余計にこの歳になってから、君が代絡みの報道バラエティを耳にする度に少し考えてしまう。

五輪出場選手に君が代を押し付けることはできるのだろうか。国として出場させてあげるから、いうことを聞きなさい。ということか。東京五輪は疑惑まみれだが、それはさておき、彼はなにを根拠にそんなことを言えるのだろうか。

スポーツ選手の目標の一つに五輪出場というのがあるらしいが、どうせ選んで生まれた国じゃないのだから、世界一の実力をつけて、歓迎してくれる国の国籍を選択して背負い、出場しても良いのではないかと思う。
posted by 山 at 20:30 | Comment(0) | 公務員・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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